Professor Chiho Sakurai (Osaka University)

櫻井千穂 (Chiho Sakurai)大阪大学大学院修了、博士(言語文化学)。大阪大学大学院人文学研究科准教授。JICA青年海外協力隊日本語教師(エクアドル赴任)、日本学術振興会特別研究員(RPD)、同志社大学准教授、広島大学准教授を経て現職。

文化的言語的に多様な子ども(CLD児)の複数言語能力、主に読書力の発達ついて研究し、文部科学省(2014)による「JSL児童生徒のための対話型アセスメント(DLA)」の開発に携わる。文部科学省の外国人児童生徒教育アドバイザー、全国各地の教育委員会によるCLD児教育研修の講師を務めるかたわら、大阪府や愛知県などのCLD児の集住地域の学校で、教員たちとの協働によりCLD児教育のカリキュラム、シラバス作りに取り組んでいる。

主な著書・論文に『外国にルーツをもつ子どものバイリンガル読書力』(単著, 大阪大学出版会, 2018)、『母語をなくさない日本語教育は可能か-定住二世児の二言語能力』(共著, 2章, 4章, 5章担当, 大阪大学出版会, 2019)、Butler, Y. G., & Sakurai, C. (2020). Developing a Classroom-based Language Assessment of Japanese for Children Who Speak Minority Languages in Japan: The Dialogic Language Assessment. Language Assessment Quarterly,17(5), 467-490. などがある。


CLD児の全人的発達を支える「ことば」の教育

-問題は子どもにあるのか-

Language education to promote the holistic development of CLD Children:    

Is it the children who are wrong?

現代社会では、様々な環境・状況の中で日本語教育が行われています(例えば、アメリカの大学での外国語の科目として/日本以外の国で家庭言語の日本語に触れて育つ子どもたちに対して/日本で働く外国人に対してなど)。そして、その環境・状況によって目的も方法も、その教育に携わる人々が普段意識することも大きく異なってくるでしょう。

私が関わっているのは、日本で文化的言語的に「マイノリティ」の立場におかれるCLD児(Culturally and Linguistically Diverse Children, 文化的言語的に多様な子ども)の教育です。彼らは、複数の文化言語という豊穣な背景を持っているにもかかわらず、単一言語イデオロギーが支配する日本の学校教育システムの中で日本語モノリンガルの子どもたちと比較され、「日本語ができない子ども」としてみなされます。学校という閉ざされた逃げ場のない空間の中で、子どもの存在が否定され、可能性が奪われるシーンは、「まず日本語ができなければ」という免罪符のもとに極あたりまえの日常として、無自覚に、無意識的に繰り返されます。

このような環境がCLD児の発達に与える負の影響の実態を、この目で把握し、教育環境を改善させるために、対話型の言語能力アセスメントの開発に携わり、これまでCLD児と日本語モノリンガルを合わせて1000人近い子どもたちの言語能力アセスメントを実施してきました(櫻井2018ほか)。そして、現在は、その結果をもとに、学校教育現場の先生たちとの協働でCLD児の全人的発達を目指した教育実践を行っています。それは、表面的な日本語を教えるだけの教育から脱却し、子どもの中で育ちつつある全ての言語レパートリーとしての「ことば」を使って、子ども自身が思考を深め、自分を表現できるようになることを目指した実践です。

社会規範作りの基盤となる「言語」と、その言語の習得のみを目的とした無自覚な教育の中には、マクロ・ミクロの様々なレベルで社会的不平等を再生産する危険性が潜んでいます。しかし、その一方で、「ことば」(ここでは、子どもの全人的発達を支える「ことば」)の教育は、社会的不平等を克服し、公正な社会を実現できる力を秘めていると思います。後者を可能にするには、第一歩として、環境・状況の違いを超えてお互いの経験を共有することにより、「言語」と「ことば」の教育のもつ危険性と可能性に自覚的になることが重要であると考えます。

今回の講演が、参加者の皆さんと「ことば」の教育の可能性について共に考える機会になることを願っています。